私の暮らす世界には、ポケモンたちも生きている。
不思議な視線に気づいたら、エスパーたちがそこにいる。
寝て起きて、食べては飲んで、出会って別れて、空をながめて、
記憶のなかのその日々に、エスパーたちも息づいている。
〈第二十七夜 ルージュラ〉
「父さん!帰るよ父さん!」
父の肩をバンバンとたたき、帰り道を指さした。ルージュラと会話しはじめたらいよいよだ、それがカンムリ雪原の言い伝えだ。
ルージュラの鳴き声は、不思議と人の言葉のようにも聞こえるが、まるで意味がわからない。冷静な判断力があれば、目の前にいるのがルージュラであることも、その「言葉」が人間の言葉とはまるで違うこともすぐにわかる。
だが、年中厳しい寒さのカンムリ雪原。長く住んでいる者であっても、油断をすれば命の危険がある。あまりの寒さに判断力を奪われてしまうと、目の前にいるのがルージュラとわからず会話をしてしまうことがあるのだ。
さきほどまでの父がまさにそうだった。いやねえ、年を取ると早口が聞き取れなくてすまないねえなどと言ってルージュラと楽しそうに話していたのだから、私は青ざめた。
今日の作業は切り上げて、早く暖かい我が家に連れ帰らねば。
父を背に乗せたギャロップの手綱を引きながら、さっきまで父と会話していたルージュラのことを考えていた。私が会話をさえぎり、父を連れ帰ろうとしたとき、気のせいか寂しそうな顔をしていたような……?
ルージュラも、会話を楽しんでいたのだろうか?
あまりに人間の言葉に似ていることから、様々な言語学者がルージュラの鳴き声を分析したそうだ。だが、不思議と法則性がまるで見つからないという。ポケモンと人間の、埋まらない隔たりを感じる。
もし、本当にルージュラと会話ができたとしたら……?ポケモンは人間に、何を伝えようとするだろうか?
ギャロップの方を見た。家族同然のポケモン。言葉が通じない人間と、こんなにも一緒にいてくれる働き者だ。
「いつもありがとうね、ギャロップ」
伝わることよりも、伝えようとすることが大切なんだろう。きっと。
〈次回 アンノーン〉